舟っこ流し
この記事は、沼津日記の、【舟っこ流し】を自動収集したものです。
北海道旅行はゆっくり更新になっているので、まだ更新中ですが、「盛岡日記」らしく、この前行われた盛岡の行事のことを書きたいと思います。送り盆の行事として毎年8月16日 北上川で行われている「舟っこ流し」今年の16日は北上川の増水で中止になり、22日に延期されました。日曜日になったのでゆっくり見に行くことができました。今年はビールや南部せんべいなどのおつまみを持参していきました。昨年は 初めてでしたが、「舟っこ流し」というかわいらしい響きの名前に興味を持って見に行きました。見ていると かわいらしい名前からは想像しなかったようなすごい光景を見てびっくりしましたが、 送り盆の行事を地元の人々が大事にしているのだな~と感心しました。舟っこ流しとは?盛岡舟っこ流し協賛会の説明によりますと…町内会等で子供会なども協力して舟を作ります。 舟は竜の形をしているものが多いです。お札や遺影を貼り、 提灯や供物などで飾りたてます。
舟は明治橋上流に集められ、 儀式のあと有志がひいて一艘ずつ川へ流され、 火をつけます。 燃えながら流れる舟は明治橋で燃えつきます。
舟っこ流しの始まりは、 今からおよそ280年ほど前, 盛岡藩四代藩主 南部行信の七女 麻久子姫が川施餓鬼 (かわせがき) の大法事を行ったものとされています。
1815年に津志田遊郭の遊女たちが乗った舟が氾濫した北上川で転覆し、 溺れ死んだ霊を慰めるため、舟に位牌と供物を乗せて流すようになり、 以後盛んに行われるようになりました。
いまでは祖先の霊を送り、 無病息災を祈る行事となっています。昨年は対岸で見ていたのですが、今年は舟っこが待機している方で見学することにしました。竜の形をした勇ましい舟がたくさん並んでいました。町の人たちが手作りしたそうで、大きくて立派な舟でした。華やかに飾り付けがしてあり、ご先祖の魂を立派な舟に乗せてお送りするのですね。
舟が川に入りました。火がつくと 花火や爆竹がにぎやかに鳴り響きます。
ボーボー燃える様子にはもう「ふねっこ」という かわいい響きはありません~。この後 ちょっとした入り江のようなところで 燃え尽きるまで消防の人に見守られていました。その後は「投げたいまつ」に。先ほどの協賛会のHPによりますと…投げ松明(たいまつ)盛岡藩(南部藩)の藩主南部家が甲斐国由来であることから山梨との交流が起こり、近年行われるようになりました。これではちょっと意味がわからなかったのですが、山梨の方のHPに説明が載っていました。「蜂の巣」と呼ばれる麦わらであんだ籠を載せた、高さ10数mもする竿を川原に立てる。夕方日没になると、手に手に松明をもって集まった子供達が、投げ入れの合図とともに、点火した松明を片手でクルクルと回しながら、頭上の蜂の巣目がけて投げ合うのが投松明だ。うまく松明が命中すると、蜂の巣が天空で火の塊となって燃え上がる。燃えつきたあと、竿を揺さぶると、あたかもクス玉を割ったように火の粉が折からの風にのって飛び散っていく様はまことに見事である。
投松明や百八たいの焔は、仏さまが迷わないための道明かりを意味すると言われている。玉入れのような 高い竿の先についたかご。小中学生くらいの子供たちが 縄の先についたたいまつに火をつけてぐるぐる回す練習をしています!
私は 火が怖い人で、遠くからこの様子を見てはびびっていました。1回目の挑戦!な なんと1回目で火がつきました!!これは奇跡的なことです。昨年は結局火がつかなくて 次のプログラム 花火になってしまったくらい。2回目はなかなか火がつかなくて、段々子供たちも疲れてきてしまって何回も何回も投げていました。子供たちは夏休み中練習していたみたいで、2回目成功した時は喝采の拍手に包まれていました。無事に火がついた頃 日も暮れてきました。そしてその後、花火が打ち上げられました。派手な花火大会ではありませんが、ご先祖様と一緒に見る花火という感じの心温まる雰囲気ののどかな花火でした。こういった地元に根付いた行事は大事にしていって欲しいと思いました。
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