「宇宙創造に神の居場所はない」…これはまた刺激的で思考を要するニュースですね。
この記事は、フランキンのノアノアな風をうけて FM熱海・湯河原の、【「宇宙創造に神の居場所はない」…これはまた刺激的で思考を要するニュースですね。】を自動収集したものです。
基本的に僕は現在無宗教(何処にも属さないという意味で)です。また考え方は流動的(自由)でもあります。そんな僕がこのニュース記事を読んで感じることをチョコッとだけ書きます。
ホーキング博士の著作を読んでいるわけではないのだけど、この記事が示しているのは、宇宙の起源についてホーキング博士自身が個人として確信するに至った考えが博士の新著の中に提示されているということであって、「宇宙は創造されたのではない」…ということを、万人が受け入れるべき事実として見なければならないわけではないと思います。宇宙の起源についての考え方は、我々人間ひとりひとりが空と月と太陽と星々を仰ぎ、深く探求しつつ、人によってはホーキング博士の著作を含め、宇宙というひとつの現象についての説明を試みる様々な科学的な書物や学問の助けを借りながら、誰もが個人としてそれぞれに考え、自分の中で答えを出していっても良いものなのでは…?などと僕は考えています。
また必ずしも、ホーキング博士が「神」と表現している概念と同様の概念ですべての人たちがそれを捉えているとも限りません。神というものを、宇宙の中で自分と他を明確に区別しているユダヤ・キリスト教的な唯一無二の絶対神的なものを意味すると捉える人もいれば、すべての現象や極大極小の万物の成り立ちの中に神が宿っていると考えている人もいます。ホーキング博士がどんな概念を想定して「宇宙創造に神の居場所はない」と述べたのかは著作を読まなければ正確には分かりませんが、僕個人としては、「宇宙の起源」という根源的な謎については、まだまだ統一された答えに科学が達しているとは考えていません。ただ、科学によって「神」という概念の中から既成のもののどれかが否定されることは有り得るとは思います。しかし同時に、もしかしたら古代から連綿として伝えられるまた別の概念が命を得るなどということも有り得るかもしれません。ホーキング博士の新著についてのこのニュース…一見には「創造者」そのものが科学によって否定が確定したような書き方をしているように感じますが、ことはそんなに簡単なことではないような気がします。
いずれにしても、このようなニュースはとても刺激的です。ホーキング博士が新著で述べているという「自発的な創造」とはいったい何なのか?存在が明らかな法則はなぜ法則として機能するに至ったのか?まだまだ謎ばかりで、それについての科学の説明を理解するのも大変なことではありますが、人はそれぞれの立場で、せっかく持って生まれてきた考え、悩み、答えを欲する能力と本性を、時に存分に楽しむべきだと思います。たいていの人にとっては、神や創造主など以上に人間である自分自身がより現実で確かな存在であることは間違いないですが、今の地球上での集団としての人間の振る舞いからすると、創造神の居場所を云々しているうちに、いずれは人間自身がこの宇宙に居場所を失くしてしまいそうな気もしてきます。
遅かれ早かれ人は誰でも自分のタイミングで我に返り、科学者であるか否かに関わらず、直感的に自らの内にしばしば沸き起こる自然と宇宙への畏怖と敬意を大切にすべきだと思います。創造の有無をどう捉えるかはそれぞれとして、科学者の多くはそんな謙虚さを伴う感性を持っている故に科学者という道を歩んだのだろうと、僕は考えています。
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